今回紹介する日本酒は悦凱陣(よろこびがいじん)です。
日本酒業界ではよく綺麗な酒というと、淡麗で酸が少なく雑味が少ない酒(雑味とは余分な栄養分のこと)を表すことが多いのですが、このお酒はその真逆を行く珍しいお酒であります。このお酒がでできるまでには面白いエピソードがありました。
<丸尾本店にまつわるエピソード>
丸尾本店の母屋はあの高杉晋作や桂小五郎を床の間や天井裏にからくりをつくってかくまった部屋もあるという長谷川佐太郎旧家として史跡に認定されている歴史のある場所なのです。というのも、元々は農民救済に尽力を尽くした長谷川佐太郎の家業であった酒屋を丸尾忠明さんの曾祖父が受け継いだからなのです。ちなみに高杉晋作は酒樽に身を潜めたこともあるのですよ。
<悦凱陣にまつわるエピソード>
苦しくなる経営
丸尾忠明さんが大学生だったころの蔵では1400石ほどお酒を造り、大手の蔵に桶売りをして、そこそこの売り上げがあったのですが、忠明さんが蔵に戻ったころには日本酒の消費がどんどん落ちていき、大手蔵では桶売りを減らしていったため、どんどん経営が苦しくなっていったのです。そして1400石あったのがとうとう200石まで減ってしまったのです。
決断する勇気
このままでは廃業、そこで忠明さんがとった行動は、当時の主流の販売方法である、すぐにお金が入るわけでない売り掛けで取引して1ケースにつきおまけをつけるようなやり方ではなく、先に代金を振り込んでもらってから酒を送るという強気な戦略をとったのです。というのも売り上げのアップが望めない以上借金をするのではなく地道でもいいから健全な商売をするしかないとの考えからだったのです。
個性に惹かれて
大阪や京都ではダメでしたが、それでも丸尾本店のつくるお酒の味に惚れて取引してくれるお店が関東に数件あったのです。忠明さんは、小さい造り酒屋は本当にわかりあえる小売り酒屋と付き合うしかないと考えていたのです。その時に取引してくれたお店に横浜にある「横浜君嶋屋」というお店の店主である君嶋哲史さんが、凱陣に注目した理由は味が太くて個性が光っているこのお酒に惚れてすぐに取引を決めたのだそうです。というのも、その頃の日本酒は淡麗辛口ばかりで、どれも同じようなお酒に嫌気がさしていたのだそうです。どれも同じようなお酒ばかりだったのには理由があります。というのも、当時の日本酒の鑑評会では規格に合わない個性があるお酒はどんなに美味しくても二級酒といって一番下のランクが付けられてしまっていたのです。
それでも、わずかではありましたが、自分の主張を持つ酒飯店店主の支持を得て規模は小さいながらにも経営のめどが立ったのでした。
忠明さんの持つ信念
忠明さんはこう言います。欠点もなければ、個性もないそんな優等生なお酒は大手に任せればいいのであってうちでは必要ない。小さい蔵では優等生のお酒を造っても競争に負けてしまう。だからこそ失敗をおそれずにぎりぎりのところで勝負することが大切なんだと。そして、お酒を造るのは売って儲けるためではない。この酒を旨いと思ってくれる人に飲んでもらいたいから、この酒が旨い!これが丸尾の酒だ!と強い信念を持って勝負していきたいと。
とはいっても自分のお酒に自信を持つまでには時間がかかりました。一般受けはしないし当初からの付き合いであるマルセウ本間商店の本間冨次男さんからはアミノ酸が高いところがいいと褒められ、君嶋さんからも銘醸ワインと戦える世界品質の酒だと言われながらも不安になり、くじけそうになることが度々あったのです。
自信をつけることができたきっかけ
忠明さんは11月から3月末までは酒造りにかかりっきりですが、その分春から秋までは全国各地の造り酒屋に飛び回って見学し、たくさんの人に会うことを大切にしている。この経験があるから今の自分がいると言っています。
それだけではなく、君嶋さんが年に二回ほどヨーロッパのワイナリーに買い付けに行くツアーにもほぼ毎年随行しています。その場所のほとんどが家族経営の小さなワイナリーで、名の知れたところはほとんどない。でも、どの造り手も、専門家の批評なんて気にせずに、自分のワインに誇りをもって、自信に満ちたいい笑顔をしていたのだそうです。そういったヨーロッパのワイン生産者を何年も見続けてきたことでようやく迷いを振り払うことができたのだそうです。
お客さんからも学んだ経験
常温で熟成させた無濾過の生原酒を燗酒にすると特有の甘酸っぱいにおいが出てしまうことから、一般的にそういったお酒を燗酒で飲むことはタブーとなっているのです。ところが、毎年ケース単位で買ってしまうほどの凱陣の大ファンであるお客さんが、あえて何本かを常温で熟成させておいたのだそうです。それらのお酒を居酒屋で丸尾さんを呼んで試飲していた時に、その中の自宅で5年熟成させた生原酒をお燗してみようといったんだそうです。常識では考えられないこの提案でしたが、呑んでみたらこれがとてもおいしかった。常識だけでは測れないこんな新しい世界もあったんだなと丸尾さんはその時のことが衝撃だったのだそうです。こうして誰も知らなかった凱陣の新たな個性も引き出され、年々、ファンが静かに増えていっているのでした。
変態系のひねくれ酒屋で造っているお酒と忠明さんはいいますが、その強烈な個性にほれ込む人も多い(反対に苦手な人も多いそうです)この悦凱陣をぜひ試してみてください。
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